スピリチュアル!魂が放つバイブレーションに触れる時!

スピリチュアル!魂が放つ音の波動のバイブレーションに触れるとき

 

魂は完全!

恐れなどなく、ただ全てを知っている!

 

スピリチュアルの世界では

魂は完全だと表現されます。

 

完全だとしたら

完全なものに近付くことのためらいや躊躇は

本当はないはずなのに

 

なぜか、恐怖や恐れを持っています。

 

私達の肉体意識が、魂意識とかけ離れてしまっているせいかもしれません。

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私は、意識が高まった時

微妙な波動のバイブレーションを感じます。

 

 

自分の確信に近付いている!

 

魂の意識に触れようとするほど

 

ドキドキとなぜか、恐ろしいような

そんな感覚がありました。

 

 

魂の決めた通りに向かっていきたい!

 

そう願いながら、

なぜ、魂の確信に触れることに

躊躇してしまうのでしょう?

 

 

例えば、考古学者や研究者の人が

長年探していた秘宝や秘密を発見する前の

 

 

「これは・・・もしかしたら、長年探していた真実かも?」

そう感じて、その蓋を開ける寸前の気持ちや

扉の前に立ってドキドキとしている感じと同じかも知れません。

 

 

とうとう本物に行きついた!

そう感じて行動を起こす寸前の気持ちのようなものです。

 

ただ、実際は開けてみないと

お宝なのかそうでないのかは解りませんが(笑)

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魂は完全です。

全てを知っています。

 

だとしたら

中身はどうあれ

恐ろしいことなど本当は何もなく

 

どんな結果も受け入れているだけです。

 

 

それなのに

いろんなことを隠してきたり

偽善を装ってきた私にとって

 

 

完全である魂に触れることは

手を出してはいけない

触れてはいけないものに触るような

デリケートに扱う代物のような感覚でした。

 

 

 

ナオとチャネリングをしている時

魂に触れる瞬間がありました。

その時にナオに

 

 

「魂に触れようとするとドキドキする」

「私にとって魂はデリケートだ」

そう話したことがあります。

 

すると彼女は、リーディングしてくれてこう言いました。

 

なぜ、そう感じるのか?

 

それは、あなたが

・・・魂を粗雑に扱ってきたからだと!

 

 

粗雑に扱うとはどういうこと?

魂を粗雑に扱うって事が出来るの?

 

魂を粗雑に扱うというのは

「魂の声を無視し、聞こえないふりをして生きてきたことだ」と。

 

・・・・・

 

確かに、そんな生き方をしていれば

魂に触れようとすれば、恥ずかしくて

顔をむけれません。

 

 

自分がこれまで、どれだけ

自分を粗末にし、魂の声を聞かず

ただ、外側の事に囚われて生きてきたのかを

ただ、その一言で知らされた気がしました。

 

 

魂が宿るこの肉体に手をあて

体のぬくもりを感じ

 

体と共に、魂に恥ずかしくないように生きることを

意識しよう。

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そう決めて、

人と会う

時間を過ごす

 

 

そうした時に、何を思ったかというと

自分を大事にしようという意識が

意図的に働きだしたので

 

 

話を聞きながらでも

自分の感覚を捉えようとする意識が働きます。

 

 

感覚が研ぎ澄まされていくというのは

瞑想をしている時間とか

特別な時間を持たなくても

 

 

 

こうして日常の中で

魂に正直に、素直に

感じるままに

ただ、感じたままを受け取ってみよう

 

 

 

社会的な立場や社交辞令で

その場を取り繕うことはあっても

自分が感じていることに関しては

嘘のない生き方

 

そうすれば、

これが良いとか

悪いとかはなくなり

 

 

全て感じることを受け入れてみる

ただ、事実がそこにあるだけ!

 

 

 

そんな生き方を続けていれば

魂に触れることに

恐怖や恐れを感じることはなくなるのかもしれませんね。

 

 

 

 

ナオは、私のことを

「体感女」と呼んで褒めてくれます(笑)

 

 

この体感を通して、魂を感じ

楽しんでいこうと思います♪

 

 

 

 

 

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