現実をスピリチュアルに生きるには・・・何者でもないを知ると自己愛が生まれる!

現実をスピリチュアルに生きるには、何者でもないを知ると自己愛が生まれる

私の仕事のパートナーであるナオは

誰よりも自分を大切にしています。

 

彼女から学んだことは

自分を大切にすることの重要性です!

 

ただ、彼女は自覚はしていなかったそうですが

私が、自己愛が半端ない~というと

 

そんな~恥ずかしい

といいながら、そう言われてみればそうだわ!

 

だって、自分を傷つけるなんて

かわいそすぎるでしょう~といいます。

 

私が私を傷つける?

 

そんなこと考えたこともなければ

自分を責めることはあっても

 

労ることなどせず

ただ、出来ない・・・やれない

ダメだ・・無理だ

そんなことばかりを追いかけていたことを考えると

 

なんだかむなしくなります。

 

 

 

「自分を悪くいうと、かわいそうじゃない~」といって

出来ないことを責めもせず

 

過去のどんな話のオチも

「自分を労ること」から決してずれない

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行きたくない所に行くぐらいなら

家で、気持ちよく昼寝をしているほうがいいし

 

 

一日中、ごろごろしていたところで

怠惰な一日だった!

なんてことはなく、

「気持ちよくごろごろ出来た~」

「なんて、幸せな日だったの~」

 

 

そんな感じで、決して

何かを達成しようが、しまいが

そんなことは関係ありません。

 

 

私達は、どうしても意味を見出そうとします。

 

自分の価値を自覚していないと

 

どうしても、なにか重要であるとか

必要とされている!ということを

もとめてしまうのでしょうか・・・

 

 

どうしたらそんなに自分を大切に出来るの?

どうしたらそんなに自分を大切に出来るの?

宇宙に問いを投げてみました。

 

帰ってきた答えは

 

「何者でもないことを知ること!」

 

イメージでいうと、

宇宙空間の中に、クリスタルの部屋があり

見えるのは、自分だけ!

 

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外は真っ暗

自分がどんな様子かというと

とても、か弱く、小心者で

 

恐れを抱えて、おびえている

 

右も左も何もわからない状態で

途方にくれながらも

ただ、ただ、ありのままの姿

 

 

偉いわけでもなく

力があるわけでもなく

ただ、自分の姿を見つめるだけ

 

何者でもない私

 

その事実を受け入れることは

何かを一生懸命求めてきた私にとっては

 

とてもすぐには受け入れられません。

 

えーーーー

 

なにかあるでしょう~!!

 

と考えたくなります。

 

 

でも、何者でもない私だとすれば

何かが出来れば、それで嬉しいし

 

何かを体験すれば

それはそれで感謝だったり

謙虚に「ありがとう~」が言えたり

 

 

何者でもない私を知っていれば

自分を否定することなどないのかもしれません。

 

自分は偉大だ~と言う人は

なにものでもない自分を知っているのかもしれません。

 

 

何者かになろうとして

何者にもなれない自分を否定する前に

 

何者でもない自分を認めることから

始めてみてはどうでしょうか。

 

スピリチュアルな旅は、永遠に続きますね~

 

 

 

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